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お盆休みは終わった。 また、日常生活に戻り、朝から晩まで働き続けるしかない。 いや、この不況の時代では、仕事を与えてもらっているだけで、感謝しなければならない。
さて、今回のテーマは、お盆に関連する「お墓参り」にすることにした。
僕は、お墓参りには、もう20年ほど行っていない。父母のお墓は、母国ブラジルにあり、日本に移住してもう16年になるが、一度もブラジルには帰っていないのだ。でも、それが理由でお墓参りしないのではない。
多分、これから書く事は、多くの人、特に日本人には、習慣的許されないことである。ご先祖様のお墓参りしなかったら、「バチがあたる」と言う。又、ご先祖様にたたられ、不幸に陥るとも言う。 でも、僕はそんな事は一切信じない。
では、考えてみよう。 ご先祖様に、あの冷たくて、狭苦しいお墓に居て欲しいのか? それとも、広々とした、暖かい天国に居て欲しいのか。 もし、ご先祖様が、あの冷たいお墓に居るとしたら、地獄に居ると同じ事ではないだろうか。 僕は、ご先祖様には、お墓の中に居て欲しくない。又、あのお墓に居るとも思わない。 だから、僕は、お墓参りには行かないのだ。 当然、僕が死んだら、お墓は建ててもらいたくない。
同じ事は、お仏壇である。僕の家には一つも仏壇、神棚はない。 その理由は、お墓と同じである。又、神様も、神棚に居られるとは思わない。 僕の信じる神は、この大宇宙を含む全ての者に在り、僕達はその神の体の中で活かされていると信じているからである。
もし、お墓参りしない、お仏壇に手を合わせないことで不幸せが訪れたとしたら、それは、全く間違いであると思う。幸せ、不幸せは自分自身で築くものであり、神や仏様のせいではない。 神や仏様は、そんな事で「バチ」を与えはしない。 何故かと言ったら、第一、神や仏は自分自身には何も求めない、欲しがらない。逆に、無差別で、平等に「愛と慈悲」を与えているからである。
さて、今回のテーマは、お盆に関連する「お墓参り」にすることにした。
僕は、お墓参りには、もう20年ほど行っていない。父母のお墓は、母国ブラジルにあり、日本に移住してもう16年になるが、一度もブラジルには帰っていないのだ。でも、それが理由でお墓参りしないのではない。
多分、これから書く事は、多くの人、特に日本人には、習慣的許されないことである。ご先祖様のお墓参りしなかったら、「バチがあたる」と言う。又、ご先祖様にたたられ、不幸に陥るとも言う。 でも、僕はそんな事は一切信じない。
では、考えてみよう。 ご先祖様に、あの冷たくて、狭苦しいお墓に居て欲しいのか? それとも、広々とした、暖かい天国に居て欲しいのか。 もし、ご先祖様が、あの冷たいお墓に居るとしたら、地獄に居ると同じ事ではないだろうか。 僕は、ご先祖様には、お墓の中に居て欲しくない。又、あのお墓に居るとも思わない。 だから、僕は、お墓参りには行かないのだ。 当然、僕が死んだら、お墓は建ててもらいたくない。
同じ事は、お仏壇である。僕の家には一つも仏壇、神棚はない。 その理由は、お墓と同じである。又、神様も、神棚に居られるとは思わない。 僕の信じる神は、この大宇宙を含む全ての者に在り、僕達はその神の体の中で活かされていると信じているからである。
もし、お墓参りしない、お仏壇に手を合わせないことで不幸せが訪れたとしたら、それは、全く間違いであると思う。幸せ、不幸せは自分自身で築くものであり、神や仏様のせいではない。 神や仏様は、そんな事で「バチ」を与えはしない。 何故かと言ったら、第一、神や仏は自分自身には何も求めない、欲しがらない。逆に、無差別で、平等に「愛と慈悲」を与えているからである。
今度の北京オリンピックで、実に感動したのは、北島選手の金メダル獲得と同時に、女子柔道の谷本選手の金メダルである。 特に、谷本選手の「一本勝ち」である。
谷選手が銅メダルを獲得した時、世界の柔道が、柔道の基本から外れているような気がして残念と思っていた。 素晴らしいスポーツである柔道、日本の魂が産んだ柔道、責めるではなく、守って相手の力を技で返す柔道、そして、選手の心の修行場どする柔道その者である。 しかし、最近の柔道が国際化する事で、他のスポーツと同様に、「競争」に変身し、何が何でも、がむしゃらに勝てばいい事に変わった。そんな状況の中で、谷本選手は、柔道の基本を守り抜いて、4年間の苦しみと悩みを乗り越え、最終的の北京オリンピックで、金メダルを獲得し、日本の魂を含んだ柔道を再び世界に輝かせた。
谷本選手は4年間の苦しみ(腰の痛み)と悩みに惑わされ、北京オリンピックに出れるのかも分からなかったと言う。そして、日本代表として選ばれたときも、「谷本選手でよいのか」と疑われたようだ。そんな雰囲気の中で、日本代表として北京オリンピックに送られた。そして、日本が誇れる成績を残したのである。
それと逆に、この4年間、北京オリンピックで金メダル獲得だけに活動して来た女子マラソンの野口選手が、日本代表として送り込まれていたが、筋肉離れで断念せざるを得なくなった。 情熱を燃やしすぎたのか、プレッシャーが掛かりすぎたのか、それとも、自分自身に厳しすぎたのか。 何れにしても、これは誰にでも起こりそうな「落とし穴」である。
このように、日本代表の選手達が、各スポーツの素晴らしい心を世界中に輝かせる事を期待したい。
谷選手が銅メダルを獲得した時、世界の柔道が、柔道の基本から外れているような気がして残念と思っていた。 素晴らしいスポーツである柔道、日本の魂が産んだ柔道、責めるではなく、守って相手の力を技で返す柔道、そして、選手の心の修行場どする柔道その者である。 しかし、最近の柔道が国際化する事で、他のスポーツと同様に、「競争」に変身し、何が何でも、がむしゃらに勝てばいい事に変わった。そんな状況の中で、谷本選手は、柔道の基本を守り抜いて、4年間の苦しみと悩みを乗り越え、最終的の北京オリンピックで、金メダルを獲得し、日本の魂を含んだ柔道を再び世界に輝かせた。
谷本選手は4年間の苦しみ(腰の痛み)と悩みに惑わされ、北京オリンピックに出れるのかも分からなかったと言う。そして、日本代表として選ばれたときも、「谷本選手でよいのか」と疑われたようだ。そんな雰囲気の中で、日本代表として北京オリンピックに送られた。そして、日本が誇れる成績を残したのである。
それと逆に、この4年間、北京オリンピックで金メダル獲得だけに活動して来た女子マラソンの野口選手が、日本代表として送り込まれていたが、筋肉離れで断念せざるを得なくなった。 情熱を燃やしすぎたのか、プレッシャーが掛かりすぎたのか、それとも、自分自身に厳しすぎたのか。 何れにしても、これは誰にでも起こりそうな「落とし穴」である。
このように、日本代表の選手達が、各スポーツの素晴らしい心を世界中に輝かせる事を期待したい。
昔から、戦争は各政府の希望(欲望と言った方が正確)で起こり、絶対一般国民の要望ではない。しかし、一番犠牲となるのは、やはり国民である。 兵士として強制的に呼び出され、戦場に送られ、そして、その多くは戦死となり、又、その兵士の遺族も、苦しみに追い込まれるだけである。一方、戦場範囲の国民、特に子供と高齢者達、それと女性達も、無差別で戦いに巻き込まれ、命を奪われて行く。
先週から起きているグルシアの戦争も、同じである。 南オセチアの99%の国民がグルシアから独立を好んでいる事を示された選挙結果にも関わらず、グルシア政府は、独立を認めない。 逆に軍力で独立派を攻め込み、強制的にグルシアの一つの自治州として残そうとしている。 又、それに対して、ロシアは、南オセチアに手助けする理由とした形で軍治を送り込み、グルシア軍と激しい戦いを交戦に挑んでいる。果たして、ロシア側は、南オセチアに手助けするが為だけだろうか?それとも、後々は、北オセチアのように、我が自治州にする狙いではないだろうか。
グルシア戦争の他に、世界では、同じ問題が起きている。 ロシアとチェチェンとのもめ合いはもう数年継続している。他に、未だ戦争までには至っていないが、中国とチベットやイグルス問題も同じ事である。そして、日本と韓国の竹島問題等々。
果たして、その争そわれている地域の国民の実の幸せを実現出来るのは、どちらの国だろうか?幸せは自分の手で築くものと言われるが、各政府の思うがままに振り回されては、実の幸せを得る事は難しいような気がする。
先週から起きているグルシアの戦争も、同じである。 南オセチアの99%の国民がグルシアから独立を好んでいる事を示された選挙結果にも関わらず、グルシア政府は、独立を認めない。 逆に軍力で独立派を攻め込み、強制的にグルシアの一つの自治州として残そうとしている。 又、それに対して、ロシアは、南オセチアに手助けする理由とした形で軍治を送り込み、グルシア軍と激しい戦いを交戦に挑んでいる。果たして、ロシア側は、南オセチアに手助けするが為だけだろうか?それとも、後々は、北オセチアのように、我が自治州にする狙いではないだろうか。
グルシア戦争の他に、世界では、同じ問題が起きている。 ロシアとチェチェンとのもめ合いはもう数年継続している。他に、未だ戦争までには至っていないが、中国とチベットやイグルス問題も同じ事である。そして、日本と韓国の竹島問題等々。
果たして、その争そわれている地域の国民の実の幸せを実現出来るのは、どちらの国だろうか?幸せは自分の手で築くものと言われるが、各政府の思うがままに振り回されては、実の幸せを得る事は難しいような気がする。
最近、岩手県周囲に地震が繰り返し起きているような気がする。 天変地異変は、大自然の怒りと言われているが、大自然は無限な志の持ち主であるが為、人類の心の異変で怒るような者ではない。従って、大自然と人類の心を同様扱いする事事態が、大自然に失礼である。
只、大自然の掟は、作用反作用の仕組みが基盤であり、人類の心が大自然に逆らえば、その率、反作用として、人類に戻ってくる事は事実である。
この作用反作用の基礎は、人類全体に当てはまり、また、人間個人にも当てはまるのである。
最近、無差別殺人事件や、家庭内の殺人が盛んに起きている。 その加害者は、作用反作用の基礎を全く認識していないが為、あのような行動を取っているのである。逆に、自分自身に起きている問題も相手の責任を問うようになっている。 そして、全然関係ない者に、その「不満」をぶつけている。
又、自殺行為も同じ事を言えよう。 自殺したら、自分が今受けている苦しみから解脱でき、すべてを裏返しする決意で、あの様な行動に踏み切るのである。 自殺行為に至る心の状態事態が、自己中心の志であるがため、又、物質世界と心の世界は別世界であるがため、自殺行為では、心の世界で起きている悩みや苦しみは、自分の体を切り放しても、解決には至らないのである。只、作用反作用の影響で、その起こした自殺行為の反作用が自分自身の心を、あの世では、もっと本人を苦しめる事になるのである。
現代の人類は、この単純な作用反作用の基礎を認識しなければ、自分自身の世界を破壊する事になる。
只、大自然の掟は、作用反作用の仕組みが基盤であり、人類の心が大自然に逆らえば、その率、反作用として、人類に戻ってくる事は事実である。
この作用反作用の基礎は、人類全体に当てはまり、また、人間個人にも当てはまるのである。
最近、無差別殺人事件や、家庭内の殺人が盛んに起きている。 その加害者は、作用反作用の基礎を全く認識していないが為、あのような行動を取っているのである。逆に、自分自身に起きている問題も相手の責任を問うようになっている。 そして、全然関係ない者に、その「不満」をぶつけている。
又、自殺行為も同じ事を言えよう。 自殺したら、自分が今受けている苦しみから解脱でき、すべてを裏返しする決意で、あの様な行動に踏み切るのである。 自殺行為に至る心の状態事態が、自己中心の志であるがため、又、物質世界と心の世界は別世界であるがため、自殺行為では、心の世界で起きている悩みや苦しみは、自分の体を切り放しても、解決には至らないのである。只、作用反作用の影響で、その起こした自殺行為の反作用が自分自身の心を、あの世では、もっと本人を苦しめる事になるのである。
現代の人類は、この単純な作用反作用の基礎を認識しなければ、自分自身の世界を破壊する事になる。
時々、仕事の関係で、午前8時頃、ある通りを通行する時、女子学生達の登校に出会う。その時、何時も見かけるのが、複数の女学生の「スカートアップ」である。 勿論、彼女達は学校のユニフォームを着ているので、学生には間違いないだろう。 只、学校でその姿勢を受け入れているかは知らないが、普通の長さのスカートを、ひざの上まで巻き上げ、ある時は、パンツが現れる寸前まで上げている。
確かに、高校生の年齢になったら、男女関係なく、性的煩悩が確実に活動しはじめる。その影響を受け、色んな手段を取って、自分をアピールするようになる。その一つの手が、スカートアップだと思われる。 でも、やはり、理性的には、未だ子供っぽい行動も表す。それは、スカートを穿きながらも、特にコンビニーの前で見かけるように、パンツを丸出しで座り込んでいる。
又、高校生の年齢になったら、色んなアドベンチャーに挑戦したがる。 特に携帯電話での通話である。登校ではあまり見かけないが、下校では、大半の女子高生は携帯電話を手にしている。この件でも、理性が未だ子供っぽいので、危険性を認識していないのが殆どである。アドベンチャー気分が優先的に動機を生み、ある時は、悪投の落とし穴にも気づかない。
イノセンスな知識、ある時は煩悩にブレーキを掛けきらず、ある時は自己出張的な行動、このように、社会的未熟な立場でアドベンチャーに取り掛かるがため、悪投どもが仕掛けているワナを見抜く事が出来ないがまま、ターゲットとされてしまうのである。
確かに、悪投どものやっている事は、絶対許せない行為である。 僕も。、男性として、言い訳はどうあれ、絶対人間としの行動とは認められない、又、絶対許される事でもない。
只、女子高生の、彼女達自身の為にも、自分達の取っている行為、姿勢が、こんな悪投どもを、自分達に呼び込んでいる事も認識してもらいたい。
あるおじさんが、コンvビニーの前に座り込んでいる女子高生達の姿勢に注意したら、彼女たちは「スケベおやじ」と言い返したらしい。 そんな女子高生に伝えたいのは、「スケベおやじ」の注意の方が、マニアコの犠牲になり、命まで奪われるよりましだ、との事である。
確かに、高校生の年齢になったら、男女関係なく、性的煩悩が確実に活動しはじめる。その影響を受け、色んな手段を取って、自分をアピールするようになる。その一つの手が、スカートアップだと思われる。 でも、やはり、理性的には、未だ子供っぽい行動も表す。それは、スカートを穿きながらも、特にコンビニーの前で見かけるように、パンツを丸出しで座り込んでいる。
又、高校生の年齢になったら、色んなアドベンチャーに挑戦したがる。 特に携帯電話での通話である。登校ではあまり見かけないが、下校では、大半の女子高生は携帯電話を手にしている。この件でも、理性が未だ子供っぽいので、危険性を認識していないのが殆どである。アドベンチャー気分が優先的に動機を生み、ある時は、悪投の落とし穴にも気づかない。
イノセンスな知識、ある時は煩悩にブレーキを掛けきらず、ある時は自己出張的な行動、このように、社会的未熟な立場でアドベンチャーに取り掛かるがため、悪投どもが仕掛けているワナを見抜く事が出来ないがまま、ターゲットとされてしまうのである。
確かに、悪投どものやっている事は、絶対許せない行為である。 僕も。、男性として、言い訳はどうあれ、絶対人間としの行動とは認められない、又、絶対許される事でもない。
只、女子高生の、彼女達自身の為にも、自分達の取っている行為、姿勢が、こんな悪投どもを、自分達に呼び込んでいる事も認識してもらいたい。
あるおじさんが、コンvビニーの前に座り込んでいる女子高生達の姿勢に注意したら、彼女たちは「スケベおやじ」と言い返したらしい。 そんな女子高生に伝えたいのは、「スケベおやじ」の注意の方が、マニアコの犠牲になり、命まで奪われるよりましだ、との事である。



















